埼玉 パート看護師

看護師1年目の理想と現実

私が1年目で一番驚いたのは、自分の出来なさです。
自慢話になってしまいますが、私は看護学校では最優秀生徒でした。
普段の座学での成績よりも、実習成績が非常に良かったようで卒業式で表彰されました。
だからと言って、決して自信満々で就職した訳ではないですよ。
元来、心臓が小さい人間ですから、それはもう怯えながらでした。

 

それでも自分の中に驕りがあったのかもしれません。
本当にうっかりミスが多くて、簡単なこともテキパキと出来なくて、
ああ、私は出来ない奴だったんだなあと思いました。

 

最初の一年目で書いた始末書、10枚を越えました。
始末書クイーンというあだ名を先輩に貰いました。
ミスは患者さんの生死に直結するから笑い事ではないのですが
あまりにも酷い、時には鬼のような師長も笑ってしまうような
想像もつかないポカミスを連発してしまうのです。

 

どんなミスでも、当時の自分は真剣でした。
私は看護師に向いていない、と何度も泣きました。
病院内では泣かないと決めていたので、敷地を一歩踏み出した途端に
どっと泣いたこともありました。
こんなはずじゃなかった、なぜ私はこんなに出来ないのだろう、と自問自答しました。

 

多分、学生時代にいつの間にか「バリバリ働くかっこいい自分!」という
理想像が出来てしまっていたのかもしれません。
そして現実の自分とのギャップがあまりに酷くて、泣けてきたのかもしれません。

 

どんよりとした新人時代を送っていましたが、
年度末にやり手の鬼主任が異動することになったんですね。
最年少主任、次期師長の出世頭で、出来る看護師を絵に描いたような人でした。
彼女の送別会の席で、ある年配医師がこう言いました。
「○○さんが新人だった時、帰り道を泣きながら帰っていたのをよく見たよ。
 あれから今日まで本当に成長したね」
私もそうでしたが、周りもびっくりしていました。
最初から出来る人なんていないんだなあ、と思いました。
皆それを言わないだけなんですよね。

 

まあ、私は何年経ってもポカな看護師のままなのですが、
あの日に主任の過去を聞いていなかったら、今まで看護師を続けることは出来なかったかもしれません。