埼玉 パート看護師

看護師のやり甲斐

私の場合は、母が看護師で、小さい頃から母の働く姿を見ていて、自分も看護師として働きたい、という思いが自然にわいてきました。

 

身体的にも精神的にもしんどいと分かって、覚悟しての仕事でしたが、やってみると、本当に大変。母はどうしてこんなに大変な仕事をしながら子育てもしていけたのだろう、と疑問に思うほどでした。

 

母は家の中では決して愚痴らない人で、夜勤とかで寂しい思いもさせるから、と、よくお手紙を書いてくれていました。

 

母の実家が近かったので、私はおばあちゃん、おじいちゃんといる時間の方が長かったのかもしれません。

 

母に子育てしながら続けられた理由を聞いたら、「あなたが元気だったし、おじいちゃんおばあちゃんがとても協力してくれたし、お父さんも仕事を続けるように言ってくれたからよ。」とのことでした。

 

子どもが元気だった、というのはとても大きかったそうです。

 

私が母の仕事を続ける役にも立っていたんだなぁとちょっと嬉しかったです。

 

そして、何よりも患者様が元気になっていくことがとても嬉しかった、と言っていました。

 

もちろん、涙が出るようなケースにもたくさん出会ってきたのでしょうけれど、看護、医療によって、少しでも多くの人たちが元気に、安心して暮らせるようになるのであれば、そのお手伝いをしていきたい一心だったそうです。

 

戦前の頃を舞台にしたドラマなどを見ると、今の医療があれば絶対に助かったのに、という場面がありますよね。

 

そして、今も、病気と闘う人たち、難病と闘う人たちは大勢いて、世界を見渡すと、医療があれば小さな命がたくさん救えるのに、ということがあります。

 

24時間365日必要とされる仕事に携わることは、本当に並大抵ではありませんし、日々進歩していく世界は常に勉強が必要だけれど、だからこそ、続けていきたいという思いになるのかな、と思っています。

 

私も母のような看護師になれるよう頑張っています。